東京地方裁判所 昭和34年(行)90号 判決 1959年10月21日
原告 西村晴雄
被告 池袋公共職業安定所長
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
(双方の申立)
原告は、「被告が昭和三二年九月四日付で原告に対してなした『昭和三一年一〇月二三日から一八五日分の失業保険金を支給しない。同年一〇月一七日から昭和三二年四月二二日までに支給した失業保険金一〇七日分二六、五一五円の返還を命ずる』旨の処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、被告は主文と同旨の判決を求めた。
(請求の原因)
一、被告は昭和三二年九月四日付で原告に対し「昭和三一年一〇月二三日から一八五日分の失業保険金を支給しない。同年一〇月一七日から昭和三二年四月二二日までに支給した失業保険金一〇七日分二六、五一五円の返還を命ずる」旨の処分をなした。原告は右処分を不服として東京都失業保険審査官の審査を請求したが、昭和三二年一二月一一日付で請求を棄却する旨の決定をうけ、さらにこの決定を不服として労働保険審査会に対し再審査の請求をなしたが、昭和三四年三月三一日付で同審査会は原告の請求を棄却する旨の裁決をし、原告は同年五月八日右裁決書の謄本を受領した。
二、しかし被告のなした前記処分は、次の理由で違法である。
(一) 原告は昭和三一年七月三一日帝国食糧工業株式会社を離職し、同年八月二一日被告庁に出頭して求職の申込をし、同年九月二八日から昭和三二年四月二二日まで失業保険金の支給をうけてきた。原告はこの期間中に新宿公共職業安定所の紹介で昭和三一年一〇月一七日から同年一二月二五日までの間東京護謨株式会社に就職した。
(二) しかるに右就職後も、被告は原告に失業保険金を支給したが、被告は原告の右就職の事実を知つていたはずであり、原告としては被告から失業保険金を受領するについてなんら疑う余地はなかつた。この場合原告が就職の事実を申告しなかつたのは、法律規定の不知誤解にもとずくものであつて、原告には故意がない。
したがつて原告には本件処分をうけるようないわれはない。
(三) 原告は東京護謨株式会社を昭和三一年一二月二五日退職し、以後昭和三二年四月二二日まで失業していた。したがつて、すくなくともこの期間は失業保険金を支給する資格あるものというべきであるから、被告が右期間中の失業保険金までも返還を命じているのは違法である。
(四) 当時原告の家庭は、母は早くから未亡人となり子弟の養育に疲労し、かつ年令的に経済的活動能力はなく、弟妹の扶養は原告と姉の二人であつた。しかも原告が東京護謨株式会社を離職したのは年末であつたため、新年早々就職困難の状態であつた。かかる事情は、失業保険法(以下「法」という)第二三条第一項但書に規定する「やむを得ない事由」に該当するものというべきであるから、東京護謨株式会社を離職した後の失業期間は、失業保険金を受給する資格があるというべきである。したがつて、被告が右期間中の失業保険金までも返還を命じているのは違法である。
(被告の答弁及び主張)
一、請求原因一、の事実は認める。同二の事実中、(一)の事実、(二)のうち原告が東京護謨株式会社に就職した後も被告が原告に失業保険金を支給した事実、(三)のうち原告がその主張の日に東京護謨株式会社を退職し、その主張する期間中失業していた事実、(四)のうち原告が右会社を離職したのが年末であつた事実はいずれも認めるが、原告の家庭事情については知らない。その余の各主張事実は争う。
二、原告は失業保険金受給期間中に東京護謨株式会社に就職したにもかかわらずその事実を申告しなかつた。そこで被告は原告に対し原告の右行為が法第一七条の四第二項に違反し、かつ法第二三条及び第二三条の二に該当するものと認定して失業保険金支給処分の取消及びすでに支給した失業保険金二六、五一五円の返還を命じたのであり、被告の右処分は適法である。
(一) 原告の就職を紹介したのは新宿公共職業安定所であるから、右就職の事実を被告において知つていたはずであるとの原告の主張は理由がなく、また、失業の認定をうけた期間中に就職した場合に申告をしなければならないことは、原告の初回の失業の認定日すなわち昭和三一年八月二八日に被告庁の係官が詳細に説明しており、受給資格決定の際にもまた係官が「失業保険金受給資格者の心得」なるリーフレツトを配付し精読するよう指示し、その他掲示等によつて充分周知徹底せしめているところであるから、届出義務を知らなかつたとはいえない筈である。また原告は就職後同年一〇月二三日、同月三〇日及び同年一一月六日の三回の各失業認定日に、自ら失業中である旨を記載した失業認定申告書を提出し故意に虚偽の申告をして失業保険金の支給をうけたのであるから、このことだけについてみても原告が不正行為によつて失業保険金の支給をうけたことは明らかである。
(二) 法第二三条によれば、詐欺その他不正為によの行つて失業保険金の支給をうけた場合には、支給をうけた日以後はその支給がされないのであり、原告は昭和三一年一〇月二三日に不正行為によつて失業保険金の支給をうけたのであるから、同日以後原告は、再び失業したかいなかにかかわらず、もはや失業保険金の支給をうけることはできない。したがつて被告が原告に対し東京護謨株式会社を退職後の失業期間中に支給した保険金の返還を命じたのは違法でない。
(三) 原告の家庭事情が当時原告主張のようなものであり、かつ原告が東京護謨株式会社を離職したのが年末であつたため新年早々就職困難であつたとしても、かかる事情は法第二三条にいう「やむを得ない事由」に該当しないのみならずかりに右事由に該当するとしても、それは当然に失業保険金の受給資格を存続せしめるものではないのであつて、不正受給者に対して爾後において失業保険金の全部又は一部を支給するかどうかは行政庁の自由裁量によつて決定される事項である。したがつて原告のこの点の主張も失当である。
(被告の主張に対する原告の答弁)
被告の主張中事実関係については認める。
理由
一、請求原因一、事実は当事者間に争ない。そこで被告のなした処分の適否について考えてみる。
二、原告が昭和三一年七月三一日帝国食糧工業株式会社を離職し、同年八月二一日被告庁に出頭して求職の申込をし、同年九月二八日から昭和三二年四月二二日まで失業保険金の支給をうけてきたが、この間原告は新宿公共職業安定所の紹介で昭和三一年一〇月一七日から同年一二月二五日まで東京護謨株式会社に就職し、右一二月二五日同会社を退職し、以後昭和三二年四月二二日まで失業していたことは当事者間に争ない事実である。ところで原告は、原告が東京護謨株式会社に就職した事実を申告しなかつたのは故意によるものでないから、本件処分をうけるいわれはないと主張するが、原告が被告庁の係官から、失業の認定をうけた期間中に就職した場合には申告をすべきことについて説明をうけていたことは原告の認めるところであるから、原告が届出義務を知らなかつたとは認められないばかりでなく、原告が右就職後同年一〇月二三日の失業認定日に、自ら失業中である旨を記裁した失業認定申告書を提出し虚偽の申告をしたことも、原告の自認するところであるから、原告は不正の行為によつて失業保険金の支給をうけたものというべきである。したがつて、これを理由に法第二三条第一項及び第二三条の二第一項により右一〇月二三日以後失業保険金の支給を取消し、かつ、すでに支給した失業保険金二六、五一五円の返還を命じた被告の処分は違法ではない。
原告は、東京護謨株式会社を退職した後の期間の失業保険金までも返還を命じているのは違法であると主張するが、法第二三条第一項によれば詐欺その他不正の行為によつて失業保険金の支給をうけた場合は、右支給をうけた日以後失業保険金を支給しないこととされており、同条第二項によるあらたな受給資格に基く場合のほかは、その後に再び失業したかいなかにかかわらず失業保険金の支給をうけることができないのであるから、原告の右主張は採用できない。原告はまた、当時原告の家庭が経済的に困窮し、しかも東京護謨株式会社を離職したのが年末であつたため新年早々就職困難の状態にあつたと主張し、右事情は法第二三条第一項但書の「やむを得ない事由」に該当するから、右会社退職後の期間の失業保険金の返還を命じるのは違法であると主張するが、かりに原告にその主張のような事情があるとしても、それで直に右「やむを得ない事由」に該当するとは解されず、他に右事由に該当する場合と認めるに足る主張立証はない。
以上のとおり被告の本件処分は適法で何等違法の点はない。
三、よつて原告の請求は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 石田哲一 地京武人 桜井敏雄)